わたしの日常は、絶え間ない苦しみと闘う日々だ。 その根源にあるのは、「最低だった家族との生活より、世の中で暮らしていくほうがきっとマシに違いない」という、歪んだ価値観だ。 これは、漠然とした人への信頼というよりは、むしろ一般的な価値観とは真逆の、切実な生存戦略と言えるかもしれない。 様々な困難を経験してきた今でも、私はこの考えにすがって生きている。 それほどまでに、私の実家での暮らしは異様だった。 中学生の頃、頑張って部屋を飾り付け、美術館でかった好きな風景の写真や広告で綺麗なものをいただいたものポスターを貼って「よし!」と次の日を迎える。 しかし、学校から帰ると、そのポスターは剥がされ、ゴミ箱にすらなかった。 何度も繰り返された。 日記を書けば、その晩には必ず読まれ、朝まで厳しい叱責が続いた。今でも日記は苦手。書いてもいい思いをしなかったので苦手なのだ。 物理的な自由、心の自由、どちらも許されなかった。 今、あの状況を再び体験したら、間違いなく窒息してしまうだろう。 これは、他者から見た私の家族像とは全く関係ない、内面深くに潜む闇のようなものだった。 当時は、そんな分析をする余裕などなかった。 ただ、ただ、耐えることだけを必死で考えていた。 そして、一つ一つの出来事に対して、「傷ついた」「辛かった」という感情を、きちんと認識することさえできなかった。 親が亡くなり、私は一人になった。 そして今、PTSDという診断名と向き合っている。 あの家族との暮らしは、間違いなく私の人生で最悪の体験として刻まれている。 だから、世の中は、きっとそれよりはマシだろうと思う。 そう信じなければ、あの日々を耐えられなかった。 それは、私にとって、希望の光だったのだ。 しかし、毎日が容易ではない。 私の心は、まるでアイスクリームショップに並んだ、美しく満ち足りたアイスクリームのように見える。 しかし、それは、日々の生活の中で、少しずつ溶けていく。 嫌な言葉を浴びせられた時、それはまるで、大きな金属製のスクーパーで、私の心がゴリゴリと抉られているような感...
バイバイ、いやなオッサン、バイバイおっさんみたいな文化 そんな決別宣言